二人の恋が現在進行形である場合も将来的な希望という類のものであったにしても、
性別の誤認は非常に大きな障害となり得ます。(一般的な話でいえば)
男同士・女同士の間での恋愛は成り立ちませんので、障害というよりもむしろ
根本的な問題として、本当の性別を明かさない限り、
告白はおろか相手に恋愛可能な対象として見てもらうことすら叶わないということです。
逆の場合もあるでしょう。実際は男同士・女同士であるにも関わらず、
一方が性別を偽っているせいで、見かけ上異性同士の関係になっているケースです。
本当は同性同士だということに気付かないで相手のことを好きになり、
秘密を隠しているもう一人の方は、好意を持たれていることを分かりながらも、
相手との良好な友達付き合いを崩したくなかったり、或いは何か他の理由から
秘密を打ち明けることができずに悶々としている、……といった具合です。
偉ぶってジェンダー(性)に関する講義を垂れる資格も知識も暇もないので、
あまり真に受けないで欲しいと断わりを入れておきますが、たとえば現在の日本のような社会では、
一人の人間の人格を規定するとき、その人の性別が男女どちらであるかというのは重大な情報です。
何をするにしても「男(女)であるところの○○は〜」という見えない定規に沿って、
その人の人と為りが解釈されるのです。
ですから、同性同士と偽っている場合でも異性同士と偽っている場合でも、
本来の性別を明かすことは、隠している側からすれば「できれば避けたい」ことに違いありません。
二人の関係は、互いが同性(または異性)であることを前提として育まれたものであり、
真実を明かされた側には、これまでの想像や思い込みを覆してなお、
相手の存在を肯定し受け入れるだけの度量や柔軟さが必要とされるのです。
秘密保持者が秘密を明かせないでいる理由には様々なものが考えられますが、
性別の虚偽には恋愛対象者の心の中に投影された自己の存続という側面からも
バイアスがかかることを忘れてはならないでしょう。
本来異性同士である二人が、一方の嘘(異性装や超常的な肉体変化など)で表面上
男同士・女同士に見えている状況を「偽同性」、
その逆の場合を「偽異性」と呼び、
分けて考えてみたいと思います。
偽同性である二人が実際は異性同士であることは秘密を抱えた一方しか知り得ない事実ですので、
二人の恋が秘密を持った側からの片想いにしかなり得ないことは、いわば必然です。
相手から強く好意を寄せられることはあっても、それは同性の友達としての親密さであり、
秘密が明かされない限り二人の想いが本当に向き合うことはないという悲劇を抱えています。
偽同性という設定から描かれやすいシチュエーションの例を挙げてみましょう。
偽同性という設定を物語に登場させる意味が見えてくるはずです。
まず、少々幼稚な印象は拭えませんが、「肉体的密接度の上昇」
はこの系統における先行する作品群の中で最も良く見受けられる描写として留意しておく必要が
あるでしょう。
簡単に言うと、好きな相手のあられもない姿を目にしたり、異性間ではちょっと気がひけるような
過激な接触が不可抗力的に可能ということです。健常者であれば、異性の身体への興味というのは
当然あるわけで、特に今問題とすべき「淡い恋心」を抱くような男の子・女の子の場合は、
それだけで重大な事件と言えるでしょう(漫画など、コミカルさが求められる媒体であれば、
ちょっとしたハプニングとして描き流されることが常ですが)。確かに登場人物の動揺や
ドキドキは演出できますが、個人的に、ホラー映画におけるスプラッタ表現のような直接的で
安直な手法のようにも思えます。
また、「肉体的密接度の上昇」と考え方は近いかもしれませんが
「同伴機会の確保」も、偽同性によって得られる
変化として重要です。思春期を迎えた男女が周りの視線を気にせず、常に言葉を交わせるような
近い距離にいることはそれなりに難しい要求です。
既に両想いであったり親しく接する仲であれば別でしょうが、
密かに想いを抱く相手を遠くから見つめる「憧れの的」のような関係なら、
偽同性というシチュエーションはこれまで叶えられなかったささやかな願望実現の助けとなるはずです。
また、まだ異性にこれといって興味がないという主人公を設定した際には、
同伴機会を多くすることで、その異性(見かけ上は同性ですが)を気になる存在として意識
させることに役立つでしょう。
「同性の相談相手としての地位獲得」も忘れてはなりません。
同性の親しい友人であれば、好きな異性についてなど色恋に関する相談を持ちかけられる
場面を簡単に描くことができるでしょう。偽同性ならではのシチュエーションと言えます。
色恋に限らず、例えば不治の病だとか、どこか遠くへ引っ越すといった深刻な相談事(秘密)を
打ち明けられることもあるかもしれません(ベタな例しか思いつかず恐縮ですが)。
密かに想いを寄せる相手から、何気にそんな打ち明け話をされるということ自体にも
このシチュエーションの妙はありますが、相手のことを好きな自分を押し殺して同性の相談相手である
偽りの自分としての受け答えを求められるところにも胸をつくドキドキの素が隠されています。
これまで同性だと思っていた親友が実は異性だったと知った場合、それをすんなりと受け入れ、
さらにそこから恋愛感情にまで高めるというのは並大抵のことではありません。現実の問題として
なかなかありそうもないことなので想像する以外ありませんが多分相当難しいでしょう。
騙された、裏切られた、と怒りに駆られても無理はありません。
ですから、物語をアンハッピーエンドにしないためには、
予めそうならないための伏線を周到に準備しておく必要があります。
性差に関係なく一人の人間としての魅力に気付かせることも一つの手でしょうし、
秘密がバレる以前に「もし彼(彼女)が女(男)だったら……」と疑いを持たせ、
心の予防線を張らせておくというのもよく見られる例です。
恋愛関係にこそ発展しませんでしたが、『少女少年II』のカズキと絵梨のケースでは
秘密を打ち明ける前に、二人の間に気まずい関係(誤解)を作っておくことで、
「秘密の告白」を関係の緩和に繋がるプラスの要因として転じさせることに成功しています。
偽異性というシチュエーションを用いることで得られる最も顕著で重要な効果。
それは「異性間交友の強要」から起こる心理描写です。
偽異性状態の二人が実は同性同士だということは、性別を偽っている一方しか知り得ない情報であり、
この場合両者間にドラマが生まれるとすれば、騙されている側が騙している側に恋心を抱く以外にありません。
同性から恋愛感情を押し付けられることで、彼(彼女)はいやが上にも異性装をしている自分を自覚させられるのです。
物語のテーマを明確にするのにこれほど適した手法もないでしょう。
人間関係の構図上、偽異性状態の二人に焦点が絞られる物語は受動的な展開になりがちです。
主人公(?)の意思に関係なくハプニングに巻き込まれるような形で物語を進めるのによく適しています。
主人公(?)があまり自発的に行動するタイプの人間ではなかったり、活発に動き回ることができない
何らかの理由がある場合には、意図的に偽異性の番いを用意してみても良いでしょう。
また、求愛する者を置くことで、本来とは異なる性別に扮した彼(彼女)の容姿や挙措が
魅力的であることを描写する助けともなるはずです。
このように物語全体の中での役割という点に着目してみると、偽同性と比べ偽異性は物語の軸というよりも
むしろ、物語を円滑に進めるための一要素として用意されることが多いということが分かります。
その理由は簡単で、偽異性のケースでは、秘密が露呈した場合に恋愛が成立しないからです。
先行する作品群において、偽異性の二人の関係がC調に終始しがちなのも当然と言えるかもしれません。
ただし、物語が同性愛的展開を許容できるのであれば、偽異性という
シチュエーションは、その導入方法として極めて有効だと考えられます。